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誰に向かって、今なぜ、この記事を書くのか?

アフロヘアの記者

「大阪社会部記者はこうしてアフロになりそして次を目指す~次世代の報道実務と現場~」という講演タイトルを目にしたとき、その人の顔がすぐに頭に浮かんだ。

稲垣えみ子氏。「アフロヘアの朝日新聞編集委員」と言えばピンとくる人は多いだろう。

私は稲垣氏の言説にそれほど触れているわけではないのだけれど、「次世代の報道実務と現場」というサブタイトルに興味が湧き、早稲田大学ジャーナリズム大学院で開催された報道実務家フォーラムに行ってきた。

書きたいことを書こうぜ

新聞記事にはフォーマットがあるから、書きたいことを書けないことがあるそうだ。稲垣氏は、そのことに苦しんだことがある。

もがき苦しむなかで、高校野球児のインタビュー記事を手がけたとき、聞き書き(インタビューした相手を一人称にして書く方法)で、初めて「自分がおもしろいと思うこと」と「書くこと」が一致したという。

聞き書きを積み重ねていくうち、いつしか氏は「私は相手の気持ちによりそって聞き出せる」と自負するようになっていった。

阪神淡路大震災で崩れ去ったプライド

「私は相手の気持ちによりそって聞き出せる」という自負は、阪神淡路大震災で崩れ去ることになる。

当時、氏は神戸に住んでいた。自身は無事だったが、すぐ近くには無事じゃなかった人たちが大勢いた。その人たちを前に「人の気持ちがわかったら、話なんて聞けない!」と思った氏は、まったく取材できなかったという。

苦しみのどん底にいたとき、ふと耳にしたラジオから「がんばってください」というメッセージが聞こえてきた。それは、遠く離れた北海道の奥尻から、神戸の被災者への励ましの言葉だった。奥尻は阪神淡路大震災の2年前、震災と津波で大きな被害があった地域だ。

この人たちに会いに行かなきゃ! そう感じた氏は神戸を離れ、北海道に取材に行く。アポナシだったにもかかわらず、奥尻の人たちは、氏が神戸から来たことを歓迎してくれ、自身の体験とメッセージを神戸の被災者に送ってくれたそうだ。

この経験から稲垣氏は、人と人をつなぐこと、人の想いをつなぐ媒介役になることに活路を見出した。

弱み=資産

稲垣氏は「自分の弱さこそ資産」だという。

これは、弱みを曝すこととは違う。単に自分を出せばいいというものではない。資産になる弱みというのは、伝えたいことを発見するとき軸になるもののことだ。

自分が悩んでいること、解決がつかないことがあると、取材をするときにその答えを無意識に探そうとしたり、インタビューをするときに相手に無意識に聞こうとする。こうして取材対象に自分の思いが加わると、記事の上手い下手ではなく、強さが違ってくる。他人事ではなく、自分事の記事になるからだ。

もしかしたら新聞は、これまで書きたいことを見つけ出してこなかったのかもしれない。それが今の新聞離れをまねいているのかもしれない。

斜に構えて、物知り顔で語る……そんな記事には「自分はこれを伝えたいんだ!」というものがない。しょせんは他人事の記事。思いのこもっていない、血肉の通わない、熱さのない、切実さに欠ける記事なんて、誰も読まなくて当然だろう。

マスコミは「マス・コミュニケーション」のはずなのに、これまで読者とコミュニケーションしてこなかったのだ。

あなたは、どんな弱さを持っていますか?

これは、稲垣氏が面接でいつもしていた質問だそうだ。この問いに答えられるのはすごいこと。ちゃんと答えられる人は、次世代の報道実務家として、人として、読者とコミュニケーションできる資質がある。

さて、
あなたは、どんな弱さを持っていますか?

講演タイトル:第16回報道実務家フォーラム「大阪社会部記者はこうしてアフロになり、そして次を目指す~次世代の報道実務と現場~」
スピーカー :稲垣 えみ子氏(朝日新聞編集委員)
開催日:2015年12月4日(金)
主催 :早稲田大学政治学研究科ジャーナリズムコース/取材報道ディスカッショングループ

※演者の所属を含め、掲載内容はすべて取材時(講座開催時)のものです。なお、掲載内容には私の解釈・見解というフィルターがかかっています。ご了承ください。