斎藤美奈子の『文庫解説ワンダーランド』は、返り血を浴びるプロ論だ

斎藤美奈子といえば、泣く子も黙る文芸評論家だ。どんな文豪や学者の本であっても、バッサバッサと斬りまくる。特に相手が権力者となると容赦ない。批評される側はたまったもんじゃないだろうけれど、読む側はおもしろいんだ、これが。

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『文庫解説ワンダーランド』は、文庫本の巻末に添えられている解説を氏が解説した本、つまり<解説の解説>だ。文芸評論とはちがうけれど、筆鋒鋭い斎藤美奈子節はここでも炸裂していて楽しめる。

チーム直木賞のヨイショ解説に喝!

例えばこんな感じ。
直木賞選考委員の渡辺淳一の小説は、どれも中年男が若い女と性交にふける<ソフトポルノみたいな作品>とざっくり言い切ったうえで、女流作家が書いた解説を紹介する。俎上に載せられるのは唯川恵と村山由佳(ともに直木賞受賞作家)、小林真理子(渡辺と同じく直木賞選考委員)だ。

3人の解説は、それぞれがパーティで渡辺に会ったときに恋愛指南をされたエピソードを披露するもので、まともな解説とは言えない。

斎藤はそれを<まるでセクシートーク>とくさし、<感じられるのは「もてなしの精神」である。もてなしているのは解説者、もてなされているのは作家である。「まあセンセ、お久しぶり、ねえ、覚えていらっしゃる? あのとき、センセったらこうおっしゃったのよ」>と斬る。

なぜにこれがプロ論かというと…

いろんな解説にダメ出しをしているが、実は斎藤自身も文庫の解説を書いている。だからあとがきで、独白する<もしかして私、自分で自分の首を締め(ママ)てない?>

ダメ出しした分だけ、解説原稿のハードルをあげちゃったわけです。

しかも、今後自分の著書が文庫化されるとき、解説を書いてくれる人がいるだろうかと心配もしている。<わたしだったら断るよね。こんなうるさそうな著者と、誰がつき合いたいもんですか>と。うん、そだねー。

というわけで、返り血を浴びても、プロの解説とはかくあるべし、という理想を書ききっているのです、この本は。下手なビジネス書とかプロフェッショナル仕事のなんたらとかいうテレビ番組なんかより、よっぽど質のいい(しかもおもしろい)プロ論に出会えるよ。