哲学者、萱野稔人が排外主義の真相を解く『成長なき時代のナショナリズム』

「中国の台頭によって、日本は右傾化している」――ワシントンポストがそう指摘したのは2012年9月。今やヘイトスピーチやネット右翼、在特会などといった言葉が専門用語ではなく、誰もが知っている単語になった。それほど日本では、ナショナリズムが高まっていると言える。

これに対してリベラル派は「ナショナリズムはよくない」と批判する。しかし、その批判は的外れだと『成長なき時代のナショナリズム』の著者、萱野稔人は言う。理由は2つ。

成長なき時代のナショナリズム (角川新書)

日本社会のリソースの枯渇に対する意識

まず1つは、今のナショナリズムの背景にあるのは単なる排外意識ではなく、日本社会の「パイの縮小」に対する危機感だからだ。彼らに共通するのは、巨額の財政赤字に苦しみ、日本人でさえまともに社会保障を受けられないほど縮小している社会資源を外国人が不当に奪っているのではないか、という感覚である。

リベラル派の矛盾

もう1つは、ナショナリズムを否定するリベラル派も、実はナショナリズムだからだ。右傾化している人々の主張は、言い換えれば、「日本は日本国民のものだ」というもの。これはリベラル派が好きな「国民主権」と根は同じである。このことに気づかずに、リベラル派が一方的にナショナリズムを批判するのはお門違いというわけだ。

では、ナショナリズムが排外主義に向かわないようにするためにはどうすればいいのか?

萱野は提言する。まずは右傾化言説を繰り広げる人もリベラル派も、同じナショナリズムの土台にだっていると認識したうえで、パイの縮小をどう防ぎ、国民の利益をどう守っていくかを提示すべきだ、と。

パイの縮小をどう防ぐか

パイの縮小に対しては、既にいろいろな人から「従来型の経済成長を目指すべき」とか、「もう充分豊かになったのだから脱成長でいいじゃないか」とか、「ベーシックインカムを導入すればいい」などの案が出ている。

萱野は論拠を示したうえで、これらをことごとく否定する。ではどうすればいいのかというと、その処方箋は最後まで提示されない。なぜなら萱野自身も、排外主義が信じている外国人搾取説よりも説得力のある解決策はわからないからだ。

欠点は多いが、新たな視座を与えてくれる

処方箋がないので肩すかしを食った感じは否めないが、本書が右派対リベラル派の膠着した批判合戦に、新たな視座を与えてくれるのは確かだ。

全体的に繰り返しの記載が多い(話が堂々巡りになっている)ことと、萱野が自身の思考・議論の妥当性を強調するために、他者に対して攻撃的・侮蔑的になっているという大きな欠点が本書にはあるが、それを心して読めば、得るものがあるだろう。

ただし、知性のバランス感覚を失わないために『日本の反知性主義』も合わせて読むことを強くおすすめしたい。

#当たり前だが、萱野はヘイトスピーチや移民排斥言説を擁護しているわけでは決してないので、念のため。(そんなアホな本を私は薦めたりしません)

成長なき時代のナショナリズム (角川新書)

成長なき時代のナショナリズム (角川新書)

  • 作者: 萱野稔人
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2015/10/10
  • メディア: 新書
 
日本の反知性主義 (犀の教室)

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  • 作者: 内田樹,赤坂真理,小田嶋隆,白井聡,想田和弘,高橋源一郎,仲野徹,名越康文,平川克美,鷲田清一
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 2015/03/20
  • メディア: 単行本
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【関連サイト】
ワシントンポストの記事「With China’s rise, Japan shifts to the right」