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きみは一線を越えられるか?『果てなき渇望-ボディビルに憑かれた人々』

ボディビル

仕事中にもかかわらずジムに行き、筋肉バカの無能社員というレッテルを貼られたボディビルダーは言う。

一種の病気、筋肉鍛錬依存症ですね。(中略)社会性のなさなどは、それだけ自分がトレーニングに没頭しているという勲章ですよ


別のボディビルダーはドーピングを肯定し、こう豪語する。

ドーピングを禁止するというのは、根本的に間違っています。(中略)ボディビルダーが凄さを追求するのに、ルールなどは全く必要ありません


そうまでして彼らが手に入れるのは、一般的にはグロテスクと敬遠されるほどの過剰な筋肉の塊だ。彼らの美学とは何なのか?『果てなき渇望-ボディビルに憑かれた人々』 は、一線を越えられる人間の美学を垣間見られる、重厚なノンフィクションだ。

女性ビルダーに求められる“女性らしさ”とは?

ボディビルのコンテストに出場する以上、女性であっても男と同様に「筋量」が求められる。

しかしホルモンの関係で女性は男のように筋肉はつかず、脂肪がつきやすい。だからハードなトレーニングとともに、生理が止まるほどダイエットして脂肪を削ぎ落とさなければならない。

乳房を大胸筋に、お尻は臀筋群に仕立て、ウエストには腹筋を浮かび上がらせなければいけない

のだ。そうして肉体を男性化させた彼女たちには、なんと“女性らしさ”も要求されるという。

女性らしさを損なわない程度の筋肉

女性ボディビルダー

ボディビルのコンテストでは、女性らしさを損なわない程度の筋肉ということがよく議題にのぼるという。しかしそれがどういう筋肉なのかは明文化されておらず、審査員の解釈に委ねられている。

ある審査員は言う。

“女性らしさ”をどう定義するかは個人の自由だけれど、あくまで女子ビルダーは女性であるべきであって、決して男性であってはいけない。それは選手の筋肉だけでなく振る舞いに必ず現れるものだと思います


これって、女は男の下であるべきという男尊女卑な保守系オヤジの思想そのもので、女性ビルダーは、そんなオヤジの価値観に生きてないんじゃないの? と私は思ったのだけれど、さにあらず。

意外にも、女性ビルダー自身もボディビルで“女性らしさ”を追求しているのだ(もちろんそうじゃない者もいる)。著者は、女性ビルダーが男のような身体と“女性らしさ”の両立という矛盾のはざまで葛藤する心に迫ろうとするが、残念ながら、その試みは失敗に終わっている。

ジェンダーバイアスが事実を曇らせる

著者は女性ビルダーの語りを紹介するとき、「~かしら」「~だわ」「~よ」という言葉をよく使う。これが女性ビルダーの心の葛藤を描ききれなかった失敗の原因だと私は思う。

この言葉のどこがいけないの? そう思った人は、周りの女性の話声に耳を傾けてみてほしい。そんな話し方をしている女性はほとんどいないはずだ。

女性ボディビルダー

著者が考える「女らしさ」を通して、女性ビルダーが追求する「女らしさ」に迫ろうとしても無理だろう。彼女たちが極限まで脂肪を削るのとは対極に、著者はジェンダーバイアスという分厚いフィルターを捨て去ることができていない。だから、彼女たちの真実の輪郭は最後までぼけたままだ。

一線を越える人を取材するには、著者も一線を越える必要があるのだ。

女性ビルダーに関する記述は、正直残念な部分がある。でも、面白い本であることは確か。文庫の元である単行本は、2000年のNumberベストスポーツノンフィクション第1位に輝いている。やり過ぎる人たちの心理やジェンダーに興味がある人にすすめたい。

果てなき渇望―ボディビルに憑かれた人々 (草思社文庫)

果てなき渇望―ボディビルに憑かれた人々 (草思社文庫)

  • 作者: 増田晶文
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2012/06
  • メディア: 文庫
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※この記事は、旧サイトのコンテンツを一部改変し、移植したものです。